香川照之のコスプレと熱い語り口で有名な『香川照之の昆虫すごいぜ!』のカマキリ先生、結構人気があります。

 

再放送されるとツイートされていました。

 

香川照之は両親の離婚で壮絶な子供時代を送っています。

 

成人後は東大を首席卒業、CAの妻と結婚しと順調と思われましたが、中年期は、歌舞伎役者になったり離婚したりと人生落ち着きません。

 

そんな香川照之を調べました。

 

カマキリ先生・香川照之

香川照之は、昆虫についての科学系番組『香川照之の昆虫すごいぜ!』で「カマキリ先生」と名乗り、カマキリのコスプレ姿で番組を進行しています。

 

香川照之は、番組で昆虫に対する並々ならぬ思いを語っています。

”「俳優生活苦節28年、やっと本当にやりたい仕事ができました!」「草むらを見るとムラムラする」「今日の衣装はカマキリの“メス”なので、私のことは『お母さん』と呼びなさい」”

などの名言を生み、これまでの香川照之のイメージとは全く異なる番組内容から、ネット上でも話題となりました。

 

きっかけは他局の番組「櫻井・有吉THE夜会」でカマキリのぬいぐるみを着て出演「Eテレで昆虫番組をやりたい」と出演中に語った事で、早々Eテレから電話があり番組のオファーが決まったとか。

 

ご自身の昆虫愛から始まった番組です、熱く語れるはずですね。

 

いかつい顔のおじさんが子供達からカマキリ先生と親しまれているのです。

 

香川照之の博識にも驚かされます。

 

 

香川照之は東大を首席卒業した歌舞伎役者

香川照之の両親は1968年、香川照之3歳の時に離婚しています。

 

その後、母・浜木綿子に引き取られ女手一つで育てられました。

 

小学校から暁星学園に学び、東京大学に進み、1988年に文学部社会心理学科を首席で卒業しているようです。

 

浜木綿子が、受験時に必死に神頼みしたと以前言っていました。しかし神頼みで入れる大学ではありません。

 

父は二代目市川猿翁です。非常に頭の良い人だったと、それも浜木綿子が語っていました。

 

浜木綿子は元・宝塚歌劇団雪組トップ娘役でした。退団後は女優として活躍していますが、宝塚入団時の成績は64人中3位。

 

どちらのDNAをとっても優秀ですね。

 

 

歌舞伎役者としての香川照之

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香川照之は大学卒業後、特にやりたいこともなく過ごしていたときに「親の七光り」を使わせて頂こうと俳優になったようです。

 

俳優デビューしたのは1989年。

 

NHK大河ドラマで秀吉を演じたころから、「浜木綿子の息子、東大卒」から一般的にも名前が知られていきました。

 

香川照之の存在が決定的になったには「半沢直樹」の大和田常務ではないでしょうか?

 

表情筋の豊かな方でした(-_-;)

 

歌舞伎界進出したのは2011年、九代目市川中車を襲名しました。

 

また、長男・政明が五代目市川團子(だんこ)として歌舞伎界にデビューしました。

 

香川照之が歌舞伎の道を歩き始めたのは、息子の存在が大きかったと思われます。

 

両親が離婚をしなければ、香川照之が市川猿之助を継いでいたのです。

 

「自分が澤瀉屋の看板名跡である市川猿之助を継げなくても、息子には何としても継がせたい』という思いは見ている番外者でも感じました。

 

香川照之は歌舞伎役者になった時に妻と離婚しています。

 

歌舞伎界の壮絶ないじめに妻が対応できなかったとか、以前読んだことがあります。

 

歌舞伎の世界も大変です…。

 

香川照之の父への思い

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香川照之の父は、二代目市川猿翁、「三代目市川猿之助」の方が馴染みが深い人もいるでしょう。

 

「宙乗り」を再度歌舞伎に取り入れたのが、この三代目市川猿之助、革新的な方だったのです。

 

父、三代目市川猿之助は、浜木綿子と結婚中に藤間紫と同棲、その後結婚、それからは一度も、自分の子・香川照之と会うことはなかったようです。

 

香川照之は大学卒業後、1989年に俳優デビューしたときに、父・猿之助の存在を見たく公演先へ会いに行っています。

 

その時の父・猿之助の対応が凄い!

 

”「大事な公演の前にいきなり訪ねてくるとは、役者としての配慮が足りません」と照之を叱責、「即ち、私は家庭と訣別した瞬間から蘇生したのです。だから今の僕とあなたとは何の関わりもない。あなたは息子ではありません。したがって僕はあなたの父でもない」「あなたとは今後、二度と会う事はありません」”

と完全に拒絶しています。

 

以前テレビで、二代目市川猿翁が舞台稽古をつけている姿を見たことがあります。

 

自由の利かない身体になってもその姿勢は厳しく、テレビで見ていても恐ろしく感じました。

 

実の父親の厳しい言葉に香川照之はよく耐えたなと思います。

 

2003年11月に父・二代目市川猿翁が病気で倒れ、45年間無縁だった父と3代同居を始めますが、間もなく同居を解消。

 

各々の世界が出来てしまった45年の時間はそんな簡単には埋めれません。無理があったのでしょうね。

 

まとめ

例えば、香川照之が順調に両親の元で育ち、順調に歌舞伎役者になり、当たり前に市川猿之助を継いでいたら、

 

半沢直樹の大和田常務はいただろうか?カマキリ衣装のカマキリ先生はいただろうか、と考えてしまいます。

 

香川照之は俳優名、歌舞伎では「市川中車」として出演しています。

 

これからも、香川照之と市川中車の活躍を期待しています。