安室奈美恵はJ-POPエンターテイナー、人生をマネジメントする強さを持つオンリーワンの存在です。

 

安室奈美恵というJ-POPエンターテイナーがデビュー25周年である、2018年9月16日をもって引退することを発表したのは誰もが記憶に新しいのではないでしょうか。

 

安室奈美恵といえば40歳を迎えても、その美貌とスタイル、女性として母親として強く生きる姿に長年ファンという人もいれば青春時代は安室奈美恵なくして語れないという人もいるでしょう。

 

それだけ10代でデビューしてから、常に時代をリードし続けてきた存在でもあり、ずっとその存在が続くと思われていたのがわかります。

 

芸能界でも安室奈美恵のファンは多く、今回の発表に驚きの声をあげたタレントも多く存在していました。

 

あと、数か月で引退です。

 

そんな安室奈美恵の人生を振り返り、彼女の魅力についてご紹介していきます。

人生をマネジメントする強さ・小室哲哉の出会いから自己プロデュースへ

安室奈美恵といえば、かつては沖縄アクターズスクール出身の歌って踊れるグループのメンバーとしてデビューしました。

 

当時はなかなか売れず、苦労したとも語っており、自分がグループのセンターにいることが売れない原因なのでは?と思い悩み引退を考えたこともあったそうです。

 

そんな安室奈美恵の転機となったのは小室哲哉との出会いでしょう。

 

小室哲哉が作詞作曲した歌を歌い一気に安室奈美恵としての階段を昇ります。

 

この頃には、アムラーと呼ばれる安室奈美恵を真似したファッションの女性を街中でも多く見かけるようになり、安室奈美恵のようになりたいと高いブーツにミニスカートを履いた、色黒の女性も多くなりました。

 

安室奈美恵は、19歳の若さでSAMと結婚・妊娠して一度芸能界を退いています。

 

その後、芸能界に復活、しばらくすると安室奈美恵は小室哲哉プロデュースの壁を自ら取っ払って、自分自身の人生や歌手としての立場、エンターテイナーとして自分自身をマネジメントするようになります。

 

この当時、まだ20歳前半という若さにも関わらず、今までは小室哲哉というブランドからの脱却は多くの人を驚かせました。

 

今の安室奈美恵があるのもこの当時、自らをプロデュースするという新しい局面に立ち悪戦苦闘しながら努力したことが結果としてつながっています。

 

安室奈美恵というオンリーワンの存在

安室奈美恵は数あるアーティストのなかでもオンリーワンの存在をどうやって確率したのでしょうか。

 

彼女の人気の理由を探っていくと「強いメンタル」「強い意志」というキーワードが出てきます。

 

アーティストとして活躍しつつ、誰にも媚びずに安室奈美恵という生き方を常に貫いている姿はとても印象的です。

 

自らをプロデュースするようになると安室奈美恵にとって今まではすべてを周りの大人が決めてくれていたのに、衣装やジャケ写のデザインなどのすべてを自分で決めるようになります。

 

そのなかで安室奈美恵らしい楽曲を作り上げ世の中に発信し続けました。

 

自分でプロデュースするということは、ファンの人の反応が良くない時もあります。

 

その時は「求められているものではないのか」とファンの人たちが常にどんな安室奈美恵を求めているのかを追求し続けます。

 

そのなかでもヒット曲がでない時期にぶつかり、もがいていた時期に数々のアーティストとコラボすることによって自分の本当に求めていた歌・ダンスを追求することの楽しさを改めて実感し、その後の安室奈美恵という唯一無二の存在が出来上がっていきます。

 

そんな安室奈美恵といえばプライベートを語らないことでも有名です。

 

19歳で出産し離婚も経験していながら、子どもの事は一切公にすることなくトーク番組でも語ることはありませんでした。

 

それだけ安室奈美恵にとってエンターテイナーとしての自分をいかに大切にしていたのかがわかります。

 

それでも子どもに対して良き母親としてのこだわりもあり、お弁当を毎日作って持たせる、6時以降は仕事をせず子どもを優先にするなど安室奈美恵ならではのルールをもってシングルマザーとして子育てをしてきたのです。

 

でもそういった局面は活躍している当時も殆ど語られることはありませんでした。

 

 

安室奈美恵過去の不幸な母親事件

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安室奈美恵といえば21歳の頃に母親を亡くすという不幸な事件がありました。

 

義理の父親の弟によって殺害されたことを知り、当時空港で泣き崩れ立っていられずSAMに抱えられるように那覇空港へと移動しました。

 

当時は新聞各社へ号外が配られるなど大きく報道され話題になりました。

 

自動車に乗る間際に、マイクを向けられ母の死についての気持ちを聞かれる様子を見たことがあります。

 

凄い形相でそのメディアを睨み返し無言でドアを閉めていました。

 

安室奈美恵は、メディアの前で泣くこともなく無言を貫きとおしました。

 

その後、母親の生年月日と息子の名前を入れたタトゥを入れたことでも有名になりました。

 

 

安室奈美恵の母親である平良恵美子の人生は、壮絶であったといわれています。

 

安室奈美恵の人生も、また母と同様とても壮絶なものです。

 

10代でデビューしてからたくさんの経験をしてきたからこそ、今の強さがあるといっても過言ではありません。

 

だからこそ時代に求められるオンリーワンのアーティストとして女性の憧れの存在で有り続けているのでしょう。

 

1.安室奈美恵の壮絶人生。小室哲哉の出会いから自己プロデュースへ←ココ
2.安室奈美恵の生い立ち、両親そして沖縄アクターズスクール時代
3.安室奈美恵と小室哲哉との出会い。アムラーブーム到来
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