安室奈美恵の生い立ちや、沖縄アクターズスクール時代からデビューまでの軌跡をご紹介します。

 

幼い頃から金銭的にも家庭状況でも苦労してきたからこそ、今の安室奈美恵の原動力になったといえるのではないでしょうか。

 

安室奈美恵の生い立ち

安室奈美恵は1977年9月20日生まれO型の沖縄県那覇市出身の歌手です。

 

兄・姉3兄弟の末っ子として誕生しました。

 

兄弟との仲もよく、安室奈美恵の目が出ず売れなかった時代に地元に帰ってくるように促していたのがお兄さんだといいます。

 

お姉さんは3つ年上、17歳でできちゃった結婚をしました。

 

現在は3人の子どものお母さんとして沖縄で生活しているそうです。

 

安室奈美恵の実家は沖縄でも家柄が良く、噂によると首里城の王族として仕えた家柄だったともいわれています。

 

その為、ハーフであった安室奈美恵の母親との結婚を快く思わずに、安室奈美恵が幼少期である3歳の頃に離婚することになります。

 

安室奈美恵の両親の離婚

その後母親に引き取られた安室奈美恵ですが当時は寂しい思いもしたのではないでしょうか。

 

3歳の頃に両親が離婚するのは、子ども心に大きな負担になっていたと思います。

 

父親と離婚したことで生活していくのが大変になった母親は、昼間は保母さんとして働き夜はスナックでホステスをしながら子ども3人を育てたといいます。

 

当時は家賃が1万5000円以下の団地で生活していたそうですが、それでも生活は決して楽になることはありませんでした。

 

そんな母親の姿を近くで見ていたからこそ、安室奈美恵は少しでもお母さんを楽にしてあげたいと思うようになります。

 

 

沖縄アクターズスクールでの苦労


小学生の高学年の頃、芸能養成スクールである「沖縄アクターズスクール」からスカウトを受けて入校します。

 

このアクターズスクールはSPEEDやMAXなどの出身校としても知られ、歌って踊れる歌手を多数輩出している有名校です。

 

当時から安室奈美恵はずば抜けていましたので、特待生としてレッスンを無料の異例の待遇で迎え入れられました。

 

しかし、レッスンを受けるスクールまでの交通費を工面することができず、往復3時間の道のりを毎日歩いて帰り交通費を節約していました。

 

その後、1992年9月16日にスーーパーモンキーズの一員として恋のキュート・ビート / ミスターU.S.A.でデビューしました。

 

なかなか目が出ず苦労したようですが、1995年になりソロとして本格的に活動をスタートさせます。

 

これが安室奈美恵の原点となっています。

 

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