2003年頃の安室奈美恵は出産後歌手として仕事に復帰し、自己プロデュースをし始めたばかりの頃になります。

 

小室哲哉のもとを離れさまざまな楽曲・作詞などにチャレンジしますが思ったような結果が出ずに苦戦していた時代でもあります。

 

自己プロデュースの大変さ

今までは待っていれば仕事が来た時代とは違い、全部を自分で考え発信していく…。

 

安室奈美恵にとって毎日が一喜一憂だったそうです。

 

発信した音楽のファンからの反応が悪いと「こういう楽曲は求めていないのか」などと考え、ファンの人たちが何を求めているのかを常に考え続けました。

 

安室奈美恵にとって、自分が今後どんな音楽を発信していきたいのか見えなくなっていた時代でもあります。

 

 

スイートシークプロジェクト始動!

そんななかスイートシークプロジェクトというR&Bのクリエイター陣による、新しいプロジェクトが始動し始めます。

 

VERBALと今井了介が「日本のジャネットジャクソンって誰だろう?」と会話をしたことで、安室奈美恵の名前が上がりました。

 

VERBALがデモ曲を安室奈美恵に渡し、もともとm-floのファンだった安室奈美恵が一緒に仕事をしたいと希望したことでプロジェクトが始動していきました。

 

このスイートシークプロジェクトの名前の由来となっているのは、ハイクラス=Suiteでクール=chicという意味をもっています。

 

これはVERBALが考えだしたもので安室奈美恵はSuiteからおしゃれを連想させ、「おしゃれ組合」と名付けて呼んでいました。

 

大きくなるスイートシークプロジェクト

当初はシンプルにデモ曲によるシングルを出す予定でしたが、R&Bの世界観や新しい安室奈美恵を作り出す為の機会として施行をこらし、オリジナル・アルバムを発売するまでに規模が大きくなります。

 

当時R&Bができる日本の歌手もおらず、安室奈美恵らしさも残しつつ本人がやりたいと思える音楽と出会う機会でもありました。

 

この後の安室奈美恵の楽曲を見てもダンサンブルでR&Bの要素が強く、それでいてヒップホップを取り入れた音楽がメインとなり、新しい才能を開拓する結果となりました。

 

VERBAL以外にもAIとコラボしたラップやDJ WATARAI、XBSなど当時の音楽界を筆頭にいたすごいアーティストばかりをフューチャーしています。

 

安室奈美恵にとってもやりたい音楽がわからなくなっていた時期に、スイートシークプロジェクトがいかに大きな存在になったことでしょう。

 

安室奈美恵にとって転機ともいえるこのプロジェクトはファンにとっても新しい安室奈美恵を知る機会となりました。

 

1.安室奈美恵の壮絶人生。小室哲哉の出会いから自己プロデュースへ
2.安室奈美恵の生い立ち、両親そして沖縄アクターズスクール時代
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