12月30日(土)17:30よりTBS系にて放送される「第59回 輝く!日本レコード大賞」にピンク・レディーが出演が決まりました。

 

還暦になったピンク・レディー、二人を知らない人たちも多いと思います。

 

ピンク・レディーは、1970年代後半に活躍したミー(現:未唯mie)とケイ(現:増田恵子)の2人組のデュオのアイドル。

 

彼女たちは、今年再び脚光を浴びた作詞家・阿久悠が、レコード大賞特別賞を受賞したことを記念して出演します。

 

この日のためだけに製作された衣装を着用して特別メドレーを披露します。

 

衣装のデザインはマイケル・ジャクソンやレディー・ガガ、マドンナらの衣装を手がけるザルディ・ゴコが担当しています。

 

2人は中学、高校時代の同級生です。

 

テレビ番組『スター誕生!』がデビューのきっかけとなりました。

 

2人も1957年生まれの当時19歳でした。

 

デビュー曲の「ペッパー警部」(1976年8月)は売上60万枚(オリコン調べ)、出荷ベースではミリオンセラーのヒットとなり、1976年末の「第18回日本レコード大賞」新人賞を獲得しました。

 

『「ピンク・レディー」「ペッパー警部」どちらがグループ名でどちらが曲名かわかりません』といった、当時の森光子の紹介が今でも記憶に残っています。

 

 

解散のきっかけになったケイの恋愛

 

解散までの活動期間は4年7カ月

 

未唯が解散について語っていたことがあります。

 

”ケイがその頃 熱烈な恋愛をしていたんですね。
事務所は 『結婚をするか、解散をするか、別れるか、はっきりしなさい。どちらかを取りなさい。』っていう風に、ケイに迫ってたんですね。
それで『ミーちゃん、解散することになってもいい?』っていう風にポッて聞かれたんです。
『もちろん、ケイが幸せになることだったらいいよ。』って。
結論としては解散っていうことにもなるんですけど。」・・・ ”

 

でも、その熱烈な彼とは結婚できなかったのです。

理由は、結婚に対して彼の優柔不断さと相当なマザコンだったらしいこと。

そのあたりケイちゃんの本にも書かれているようです。

”いざ結婚の話し合いとなったら、彼が事務所の人と母親を連れて来て、結婚はなかった事に、と泣いて謝った・・・”と。

 

2人も若かったのです。

芸能人だから、歌手だからとは関係なく若い時って一般的にもこんな感じじゃないでしょうか?

今、ケイも彼も結婚して安定した家庭を築いています。

大人になったから夫婦間の多少の嵐も乗り越えられるでしょう。

 

 

ミーの現在を検索すると必ず出てくるのが「鼻」「劣化」です。何があったのでしょうか?

 

 

ミーで思い出すのが莫大な借金です。

 

40歳で結婚した夫と事務所を設立、代表取締役がミーで経営担当が夫です。

 

彼女の稼いだお金を自由に動かせる立場にあり、好き放題に使っていたようです。

 

使途不明金に多額に多額の借金、負債の返済義務は当然ミーに回ってきます。

 

3億円!彼女は一人で数年で返済し会社を立て直しました。

 

凄い力です!

 

ピンクレディーはすでに解散、第一線ではなかったのです。

 

地方を回っていたようです。

 

その時の事を振り返るインタービューを見たころがあります。

 

困ったことは服を買うお金がなかったことと言っていたのを覚えています。

 

ミーがデビューした時は、しっかりした健康的な足をしていました。

 

それが、見る見る細くなりスレンダーな体型になっていったのです。

 

美意識が高い、これもプロ根性というのでしょうか。

 

凄いなと思った事があります。

 

鼻の整形に関しての真相は不明です。

 

それが化粧上なのか整形なのか、わかりませんが、マイナス部分を補修する、というその気持ちはずっと変わらないで持ち続けているのでしょう。

 

 

まとめ

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芸能人のスケジュールのキツさを見たのがピンクレディーでした。

 

自分たちが今、どこで歌っているのかわからなかった、と当時を振り返って言っていました。

 

健康的な少女が、スレンダーに痩せて綺麗になっていく過程を見ていました。

 

大きな借金を返済した根性も見せてくれました。

 

芸能界って凄いなと思ったのもピンクレディーでした。

人間の可能性、潜在的な可能性を見せてもらった気がします。

 

今年は2人とも還暦です。

 

これからもますます素敵な世界を見せて頂きたいです。