森英恵の孫娘・森泉が一般段男性と出来ちゃった婚をしました。

 

森英恵は日本のトップデザイナーです。

 

森英恵ブランド「ハナエモリ」が2002年に倒産しましたがその原因は何だったのでしょう?

 

森英恵の華麗な一族と生い立ちから見ていきたいと思います。

 

 

森英恵の生い立ち

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森英恵は島根県出身で父親は医者です。

 

東京都立桜町高等女学校を経て東京女子大学卒業。

 

1948年、学生時代に勤労動員の工場で知り合った元陸軍主計少佐・森賢と結婚します。

 

夫の家業であった繊維会社で働きながら洋裁学校「ドレスメーカー女学院」に通いますが、その時は妊娠中だったと語っていました。

 

1951年(昭和26年)、新宿東口に洋裁店「ひよしや」を開きます。

 

初めはラーメン屋さんの2階?で作業をしていて、窓のガラス越しに、洋服を着たボディを見た映画関係の人に声をかけられ、映画の衣装を作りはじめた。とか昔読んだことがあります。

 

1948年で結婚して3年後にお店を出し、1950年代の日本映画全盛期に、映画の衣装を手掛けています。テンポが速い!

 

戦後の復興期、映画がアメリカスタイルのカッコよさを描き始めました。

 

石坂洋二郎とか石原慎太郎の「太陽の季節」です。

 

銀座にブティック&サロン「ハナヱ・モリ」オープンしたのは1954年。

 

戦後も終わり、世間が落ち着き、女性がファッションに目覚め始めたころでしょうか?

 

1965年にニューヨーク・コレクションに初参加し、蝶をモチーフにした女性的でエレガントなドレスが受けました。

 

そしてマダム・バタフライと呼ばれてファッション界の話題になっていき、ハナエモリのロゴと蝶のマークが出てきました。

 

1977年にフランス・オートクチュール協会からアジア人として初めて会員として認められました。

 

 

森英恵ブランド「ハナエモリ」の倒産原因とは?

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2002年5月に「ハナエモリ」が負債総額、101億円で倒産しています。

 

バブル崩壊で、事業の多角化経営が裏目に出た事と、海外ブランドに押されて高級服の人気が低迷したことが倒産の理由と当時報道されました。

 

主なブランドの管理権や事業を売却したとありましたが、その売却先が三井物産と英ロスチャイルドグループとありました。

 

「ロスチャイルド」って本当にあるんだって、その時凡人は思いました。

 

 

森英恵の孫娘は森泉、その華麗な一族

森泉は森英恵の孫娘です。

 

2004年に、森泉は「デビュタント・ボール」に招待され、パリ社交界デビューを果たしています。

 

毎年世界の名家の令嬢23人しかデビューできず、かなり厳しい審査、「16~20歳まで、容姿端麗、長身、語学堪能(最低でも英語とフランス語は必須)、良家・名家の子女」という条件があります。

 

このニュースを見た時、森英恵の大きさを改めて知ったということです。

 

森英恵の家族を紹介します。

長男:森顕(元インファス代表)

長男の嫁:森パメラ(元モデル、イタリア系アメリカ人)で、芸能界で頑張っているのがこの夫妻の娘たちです。

次男:森恵(マイカシミヤ経営)家族についての詳細はありません。

長女:全く情報がないです。

孫(長男・森顕の子供)

・森研(Mエンターティメント社長)

・森勉 (Tシャツなどを手がけるデザイナー)

・森泉(ファッションモデル、タレント)

・森雪(ファッションモデル)

・森星(星でひかりと読む。ファッションモデルで女優)

 

 

まとめ

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森英恵一族いかがでした?

 

華麗な一族って日本にも多くみられるけれど、女性が一代で築き上げた一族です。

 

森英恵は、1977年、フランス・オートクチュール協会(Fédération française de la couture)から、アジア人として初めて会員として認められました。

 

ファッションビジネスの未来を切り開き、日本人デザイナーが世界進出していったのは森英恵の力がとても大きいです。

 

戦後からバブル崩壊まで、「オートクチュール」という世界、当時の女性に夢を持たせてくれました。

 

 

森泉の結婚相手が一般男性と報道がありました。

 

どのレベルの一般男性なのでしょうか?

 

華麗な一族の世界が見えません。